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元町 戦没した船と海員の資料館

元町 戦没した船と海員の資料館

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元町で気になっていた所を訪ねてみる。

戦没した船と海員の資料館です。



戦後69年。太平洋戦争は陸地でも戦いが行われたが、海の上でも戦争は繰り広げられていた。





ここに展示してあるのは、日本の海軍では無くて戦争が不利になっていった状況下で、資源のない日本にある民間のカツオ船やら捕鯨船やら、そして本当に小さな漁業する船やらが全て戦争の為に使われて、沈没されていった記録です。



空爆されているのは、軍人も乗ってない民間の日本の船です。



その数はゆうに7240隻にのぼります。また犠牲になった乗組員は、60601人。

写真に残っているのは、アメリカ軍が持っていた資料で5トン以上の船。それ以下の漁船は、下に名前だけが書かれてある。



戦前負傷を負った兵隊さんを治療、運ぶ船は日本は20隻保有していました。

終戦の時に残った船はわずか2隻。他は空爆を受けて沈没。

3年9ヶ月に及ぶ戦争の終わり頃には、その船員も少なくなりわずか14歳の少年達が2~3ヶ月の訓練で船員として駆り出されました。987名も亡くなった事実は心が痛む事実でした。(20歳未満は総勢19046名亡くなっています)

14歳で戦争に行かされた少年はもちろん、その親御さんの気持ちを思うと涙がとまりません。

終戦記念の今日、こんな戦争の事実を私達は知る必要があると思いますし、二度とこんな悲劇を起こさない事を心にしっかり決めたいと感じました。

戦没した船と海員の資料館

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~ Comment ~

リンクを張りました。

8月15日の私の記事の中に、追記として、改めて記事を紹介させていただきました。

NoTitle

ありがとうございます。
戦争のこんな事実、私も知らなければ子供達も知らない。
みんなに知ってもらい、こんな悲劇を二度と繰り返さないようにしなければいけませんね。
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